お盆には、先祖に思いを馳せよう

今年も、お盆の時期がきました。

今年のお盆は、コロナの状況下、少し変化があった方もいらしたかと思います。

オンライン帰省・オンライン法要など、今までだったら、ナンジャそりゃ??ということが、

そういう方法もあるよね・・と、少し変わってきましたよね。

 

本日は、そんなお盆に、ご自身の先祖を振り返ってみよう!です。

 

実は、昨年年末に伯父が亡くなり、葬儀の時に、いとこが「こういう機会だからと思って、

こんなものを作ってみた!」と出してきたのが、小城家家系図!!

大枚を払うと、もっと遡れるようなのですが、いくらお支払いしたのかまでは聞きませんでしたが、

いとこの洗濯プランでは、ここまで・・ということで、伯父や父からすると3代前までが載っています。

なーんだ、そんな近代までなんだーと言う気もしますが、それでも江戸時代までは遡っていますので、

それなりの歴史でしょうか。

小城家家系図をご覧になりたい方はコチラ(右側の「家系図」をクリックすると、PDFに飛びます)→→ 家系図

ちなみに、私はどこにいるかお分かりになりますか?(って、分からないですよね・・)

 

 

 

 

 

 

祖父は、昭和天皇と同じ年の生まれで、戦争にも行きました。

私が小学校の低学年の頃に亡くなったので、余り戦争の話を聞いた記憶がないのですが、

記憶に残っている戦争の話は1つあります。

祖父母は二子玉川に住んでいたのですが、終戦となり、戦地から戻り、家に帰るため、

多摩川を渡る必要があったものの、電車がなく、多摩川にかかってる当時は木の丸太をつないだ

線路の上を歩かなければならなかったが、丸太と丸太の間から落ちるんじゃないか・・

下は比較的穏やかな川ではあっても、落ちたら流されて死んでしまうと思い、戦地よりも

怖かった・・と言うものです。

祖母は、関東大震災の話(祖父・祖母ともに、関東大震災と戦争の経験者です)や少女時代の話を

よくしてくれましたが、祖父は余り話をしたがらない人でしたので、なぜこの話だけする気になったのか、

どんな場面でこの話になったのか、残念ながら全く覚えておりません。。。

ですが、寡黙だった祖父なだけに、この話とイメージは子供心に忘れられず、戦後75年となった今でもよく覚えています。

 

ちなみに、私の負けず嫌いDNAの大元になっていると思われる祖母は、生前「おばあちゃんは、

激動の時代を生きたんだから、自分史を書いて、後世に知らしめたいわ!」と言っていて、

確か私が高校生や大学生の頃に、自分史を書くためのノートをプレゼントした記憶がありますが、

祖母のスペクタクル自分史は未完だったようです・・

 

皆様も、おじい様、おばあ様などとの色々な思い出があるのではないでしょうか。

お盆は、亡くなった方との良き思い出に浸ることが出来る時期であり、目の前の家族に感謝を向ける

そんな時期かもしれません。

 

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